日本の土蜘蛛と天皇、西洋の悪魔とキリスト教

クモと日本人


日本の最古の歴史書のひとつである日本書紀の中には、つちぐもに関する記述が散見される。

ここに描かれた「つちぐも」は、小動物やそれが巨大化したものではなくて、れっきとした人間、あるいは人間集団を描写したものである。


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神武紀には大和国で「つちぐも」と戦った記述があり、身体的特徴として、身体が短く足が長いこと、網を使ってこれを捕獲したと記されている。


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景行紀には身体的特徴には触れていないものの、九州の剽悍な軍事集団として記述されている。

神功紀には、土蜘蛛タブラツヒメ の名前が出現する。

各地の風土記(東北、北陸、九州)にもさまざまな表記で「つちぐも」が出現し、中には穴居するとしたものもある。


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上記の神武紀や風土記の記述はもろに 蜘蛛人間の趣きであり、クモ研究者・八幡明彦による

先住民をいやしんでクモ呼ばわりしたもの という指摘は、的を得ている。

神功紀からは「つちぐも」は集団名ではなく、個人の役職名ととれる。

祭政一致体制下における首長、女王にして巫女である。


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神武紀は対象となった時代が古いので、こちらに描かれた蜘蛛人間「つちぐも」が原型であるような印象を受けるが、説話としては神功紀のほうが原初的なのではないだろうか。

蜘蛛人間が、「女王にして巫女」に変化するとは考えにくいが、その逆、敵対した集団の首長をおとしめたというケースの方が可能性が高い。

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蜘蛛人間の記述が、その名称から類推した説話的表現という見解は、日本史学界の

泰斗津田左右吉がすでに提出している。

むろん、このような変化は敵対勢力の蔑視という動機から生じたものであることは間違いないであろう。


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「つちぐも」が、被征服民の自称であるならば、その意味するところは神聖なものを探ればよかろう。つちぐもの「チ」は、神の古形と考えられる。

オロチは、記紀では、「大蛇」と表記されて怪獣扱いであるが、本来は地霊で蛇はその象徴であった。

今も残る白蛇信仰はその名残である。

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イカズチも後世は妖怪的な風貌となったが、 「神鳴り」の名の通り、太古には神であった。


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「ツ」が「津」であれば、つちぐもは、港の神を祀る祭祀である可能性が高い。

今も昔も港湾は経済的にも政治的にも重要な施設である。これをおさえているのは間違いなく一国の王的存在であろう。


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景行紀では、天皇に帰順したカムナツソヒメやハヤツヒメは女王(原文では「一国之魁師」「一処の長」)とされている。


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同じ独立勢力の王であっても、天皇に敵対したか帰順したかが運命の分かれ目となった。

主人公に協力したものは豪族として名を残し、敗者は徹底的におとしめられ、異形の民にされて民間に埋没してしまった。

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洋の東西を問わず、どのような神も支持層が没落、言い換えると敗者の神となると、妖怪や怪獣に転落していじめられる。

もっとも、西の、一神教の世界ではもっと悲惨で、悪魔とされることが多い。


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悪魔は神の教えの中でしつこく槍玉にあげられるため、常に教会の管理下に置かれているようなもので、社会情勢が変化して勇敢な作家でも現れない限り、名誉回復は難しい。

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その点、多神教の世界では妖怪・怪獣は民間伝承の中に残り、いわばメルヘンの住民となるので、人や地方によっては全く逆のとらえ方をされ、恐怖の対象にもなれば人気者にもなれる。


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鬼や山姥がメルヘンによって扱いが異なり、悪役になったり善人になったりするのはこの好例である。

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イスラム世界のジンもこれに近い扱いを受けている。


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土蜘蛛の場合は悪役になる一方のようであるが。


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絵巻物や演劇の題材となった 土蜘蛛 は、異形の民がさらにおとしめられて、怪獣と化した姿といってよいであろう。


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全国農村教育教会

毒グモ騒動の真実(セアカゴケグモの侵入と拡散) 第六章 クモと日本人より抜粋