旧約聖書の民の贖罪 イスラエルの罪を背負った山羊の旅と犠牲

ヨム・キプール スケープゴートの儀式の手順

https://templeinstitute.org/yom-kippur-part-7/

雄牛の血を振りかける

この節では、指の先から
小滴を垂らすことを指している。
香の祭儀のように、箱がないときは、
コヘン・ガドルは
箱のある方角に向かって振りかける。
一度だけ上に向かって振りかける。

雄牛の血を振りかける

... 続いて7回下る。

その後、聖なる場所を出て
(上で述べたのと同じ方法で)、
聖所内の黄金の台の上に器を置く。

"ハシェムのため "に指定されたヤギの屠殺

再び至聖所に入る

宮廷の外で、くじ引きによって
「ハシェムのため」と指定されたヤギが、
今度はコヘン・ガドルのところに
連れて来られる。彼はその動物を屠り、
その血を別のミズラックの容器に集める。

そして、今度は山羊の血を入れた
容器を持って、三度目に至聖所に入る。
前回とまったく同じように聖室に入り、
再び同じ正確な場所まで歩く。
ここで "柱の間 "で、
前と同じように血を振りかけ、
聖所内にあらかじめ置かれた
二番目の金の台の上にこの器を置いて出て行く。

カーテンに打ち水

さて、コヘン・ガドルは聖所から出ず、
雄牛の血の入った最初のミズラックを、
最初に置いた台から取り上げる。
聖所(今立っている場所)と
至聖所の間を隔てるカーテンに向かい、
彼は三度入った同じ場所、
すなわち箱舟の「柱の間」の反対側に立つ。

この時、彼は幕の外側にある雄牛の血を、
私たちが説明したのと同じ方法で、
同じ場所に向かって流す。
次に、このミズラックを台の上に置き、
もう一度、犠牲の山羊の血の入った
第二の容器を取り、
幕に向かって同じ動作を繰り返す。

2つを混ぜ合わせる

最後に、聖域にいる間に、
コヘン・ガドルは
両方の容器の中身を混ぜ合わせる。
雄牛の血の入ったミズラックを
山羊の血の入ったミズラックに注ぎ、
次にこの満杯の容器から空の容器
(雄牛の血の入った容器)に注ぎ、
両者が完全に混ざり合うようにする。
(レビ.16:18)
「それから、彼は神の前にある祭壇に出て、
その上で贖いをしなければならない。
彼は雄牛の血と山羊の血の一部を取り、
その混合物を祭壇の角の上に置く。」
では、この聖句にある祭儀の部分を見てみよう。

"神の前にある祭壇"

コヘン・ガドルは、
至聖所と聖所内の撒き散らしを終えた。
律法では、コヘン・ガドルは
両方の容器から混ぜたものを
「神の前にある祭壇」の角に
振りかけるように指示されている。
この表現は、聖所に近いという理由から、
聖所内にある黄金の香壇だけを指している。
トーラーが「出て行け」と指示しているのは、
幕のそばに立っていた場所から出て、
祭壇の外側に仕えることを意味している。

コヘン・ガドルは祭壇の周りを歩き、
四隅に振りかける。
その後、祭壇の上の炭を取り除き、
祭壇の金の表面を露出させる。
この小さな祭壇の "床 "の部分に、
さらに7回血を振りかける。
そして、残りの雄牛の血をすべて、
会見の天幕の入り口の前にある
祭壇の基部に注ぎ出さなければならない。

スケープゴートの派遣

イスラエルのための告白

コヘン・ガドルは、
スケープゴートが砂漠に送られる門
(東門)の向かいにある、
スケープゴートが待機している場所に戻った。

コヘン・ガドルは
両手を動物の頭の角の間に置き、
聖書(ibid. 20-21)にあるように、
イスラエル民族全体のために告白を捧げる:
「聖なる場所、会見の天幕、
祭壇のための贖いを終えると、
彼は生きた山羊を差し出さなければならない。
そしてアハロンは両手を
生きた山羊の頭の上に置き、
イスラエルの子らのすべての咎と、
彼らのすべての罪過とを、
山羊の頭の上に置いて、
その上に告白しなければならない。"

https://templeinstitute.org/yom-kippur-part-8/

告白

「神よ、お願いします;
罪を贖い給え、
イスラエルの全家が犯した罪と
咎と背きのために
イスラエルの全家が
贖いをお与えください、
あなたのしもべ
モシェの律法にあるように
あなたのしもべモシェのこの日、

この日に、あなたがたのために
贖いがなされなければならない、
あなたがたをすべての罪から
清めるためである。
- この日、あなたがたのために
贖いがなされ、
あなたがたをすべての罪から
清めるためである。

上記のように、会衆は
 "栄光ある御国の御名に、いつまでも、
いつまでも、祝福あれ "という言葉で応える。

橋を渡って

イスラエルのために告白した後、
コヘン・ガドルはスケープゴート
砂漠に導くように指名された人の手に渡す。
これもまた、大きな特権と考えられていた。
これは礼拝の本質的な部分ではないので、
イスラエル人であっても
行うことができるにもかかわらず、
慣習的に祭司の階級の中で守られていた。

"我々の罪を背負って行け!"

神殿の宮廷から郊外に
直接つながる特別な橋があった。
この橋は神殿の山と
油注ぎの山を結んでおり、
身代わりはこの橋を渡って
砂漠へと導かれた。
その途中、「バビロニア人」と呼ばれる
人々(実際はアレクサンドリア人)が
身代わりになろうとした。

ミシュナ(ヨマ6, 4)には、彼らが迷惑な
存在であったと書かれている:
彼らはヤギの毛を引っ張り、
『私たちの罪を取って、
あなたとともに去りなさい!』
彼らはヤギの毛を引っ張って叫んだ。
彼らは、身代わりのヤギを率いるコヘンに、
少しもためらったり
してはいけないと熱心に迫った。

10ブース

エルサレムから身代わりの
目的地である崖までの道中には、
ヨム・キプールが始まる前から、
いくつもの中継所が設置されていた。
身代わりの監視人が必要とする
支援を提供し、道中に同行するために、
等距離の場所に人が
あらかじめ配置されていたのだ。
ミシュナによれば、
エルサレムと砂漠の崖の間の距離は
90里-12マイルであった。
各駅間の距離は1マイル、
つまり2,000アモットであった
(ただし、最後の駅と
崖の間の距離は2マイル)

10ブース(続き)

これらの "場所 "は実際にはブースで、
食べ物や飲み物は、
スケープゴートを先導するコヘンが
断食を断ち切らずに続けることが
肉体的に不可能だと感じる場合に備えて、
そこに保管されていた。
コヘンがそれぞれのブースの前を
通りかかると、コヘンは声をかけた:
「食べ物も水もありますよしかし、
タルムードには、
この距離と暑さにもかかわらず、
コーヘンが断食を断ち切らなければ
ならなかったことはなかったと記録されている。

エルサレム錚々たる市民が
最初のブースまでコヘンに同行し、
その後、各ブースから
男性が次の駅までコヘンに同行した。

崖へ

というのも、安息日や休日には、
どの方角へも2000アモット以上
歩くことは許されていないからである。
そのため、彼らは立って見張り、
身代わりが決められた方法で
送られるのを確認した。

スケープゴートの死

崖に到着したコヘンは、
コヘン・ガドルがスケープゴート
角に結んでいた深紅の毛を取り除く。
一枚は再びスケープゴートの角に結びつけ、
もう一枚は岩に結びつける。
これは、深紅の色が
いつ白に変わるかを見て、
イスラエルの罪が
贖われたことを知るためである。
そして、両手で山羊を後ろに押す。

https://templeinstitute.org/yom-kippur-part-9/

スケープゴートは死ぬ(続き)

役目を終えた身代わりのコヘンは、
最後のブースまで歩いて戻り、
暗くなるまでそこで待ってから
エルサレムに戻る。
身代わりの務めを果たすために、
この距離を移動することだけが
許されているのだ。
しかし、それが済んだら、
贖罪の日が終わるまで待たなければならない。

スコットの合図

神殿に戻ったコヘン・ガドルは、
仲間の手に身代わりを渡した後、
身代わりが砂漠に到着したという
知らせを待たなければならない。
サンクチュアリの深紅の毛が
白くなる奇跡に加えて、
この情報は別の方法でも神殿に届いた。
崖までの道のりの途中の高台に
斥候が配置され、
山羊が次の陣地へと誘導されると、
斥候たちは布を振って合図を送り合った。
身代わりが送り出されると、
斥候たちの合図でその知らせが
神殿に伝えられた。

トーラーの朗読

この知らせを受けると、
コヘン・ガドルは女性宮廷に下り、
会衆の前でレビ記
(第16章、ヨム・キプールの朗読)
を朗読する。
これは非常に儀式的なものである。

ミシュナ(ヨマ7, 1)の言葉を借りれば、
こうである:「会堂助手は会堂から
律法の巻物を取り出し、会堂長に渡す。
助祭は会堂からトーラーの巻物を持ち出し、
会堂長に渡す。祭司補佐はそれを
コヘン・ガドルの手に渡す」
これらはすべて、
大勢のスタッフに仕える
コヘン・ガドルの名誉のために行われた。

雄牛とヤギの火葬

"罪の捧げ物として捧げられた
雄牛と子山羊は、贖いのために
聖所に持ち込まれた血を、
宿営の外に持ち出さなければならない"
レビ記16:27)

二つの供え物はエルサレムの北門から
「灰の場所」として知られる場所に運び出される。

白衣の処分

祭儀が終わると、コヘン・ガドルは
午前と午後の祭儀で着用した
2組の白衣を助手に渡し、
助手はピンチャの間(祭司の衣服の保管室)
でそれらを処分する。

感謝の祭典

この素晴らしい一日が終わり、
礼拝がすべて終わって日が暮れた後、
コヘン・ガドルは大勢の礼拝者に伴われて
自分の家に戻った。
「コヘン・ガドルは無傷で聖なる場所から出ると、
愛する者たちのために祝宴を開いた」(同書4)

贖罪の日のハイ・ホリデーの祈祷書にもこうある、

「コヘン・ガドルの姿はなんと輝いていたことか、
コヘン・ガドルの姿はなんと輝いていたことか!
天使たちの輝きから発せられる閃光のように
天使たちの輝きから発せられる閃光のように。
それがコヘン・ガドルの姿であった。"

ネイラ門の閉鎖

日が沈む直前、レビ人の門番たちが
聖所と中庭の門を閉めた。

結論として

『罪を犯し、その後に悔い改める』
と言う者は、悔い改める機会を否定される。
そして、『私は罪を犯し、
ヨム・キプールは私に償いを与えてくれる』
と言う人--そのような人にとって、
ヨム・キプールは償いを与えてはくれない。

贖罪の日は、人間と神との間で
犯した罪に対してのみ
贖罪を与えるために機能する。
しかし、人間と仲間との間で
犯した罪については、
ヨム・キプールであっても
贖うことはできない
......過ちを犯した人間が許しを請い、
宥めるまでは。

ラビ・アキバはこう教えている!
あなたがたは誰の前で自らを清め、
誰があなたがたを清めるのか。
聖句にあるように、
天におられるあなたがたの父である
(エジ36:25)。(ヨマ8、9章)


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