独銛のシンボリズム①中世の日本は、独銛の形状だった。
中世においては、この形が、日本の表象に使われていました。

そもそも独鈷杵とは、いかなる法具であろうか。先を尖らす鈷部が1本のものを独鈷杵、鈷が3本のものを三鈷杵、
5本のものを五鈷杵と呼び、さらに先が宝珠や宝塔をかたどったものをそれぞれ宝珠杵、宝塔杵という。これらはま た金岡1杵と総称される。

金岡1杵はサンスクリットでVttraといい、政折羅、または縛日羅と音写される。
その形は古代インドの武器に由来し、古式の遺品や密教図像、曼茶羅に描かれる金岡1杵は、いずれも鈷先を鋭く尖らせる。

曼茶羅中においては、主乗爺線といい、個別の仏を象徴するかたちとして法具が描かれる。
独鈷杵は、例えば金岡↓界曼荼羅の賢劫十六尊中の大精進菩薩、同じく十二天中の帝釈天、胎蔵界曼茶羅の発生金岡↓部菩薩、 住無戯論菩薩などの三味耶形である (第4図)
とくに独鈷杵に関するシンボリズムは、中世日本でいっそうの拡がりをみせた。
例えば、 天皇家で継承される神璽の箱の中身は、中世において天皇自身ですら見ることができず、さまざまな説がとりざたされたが、
真言密教では、「神璽ト者、其外日本国大入六十四天ノ嶋下ツ嶋継図也。(中 略)顕教ニハ法華経巻 軸卜習也。密宗ニハ独古ノ外卜習也。天ノトホコ是也。ホノ字ヲ略シテ独 古卜云也。
(仁和寺蔵『三種神器口決大事』)とあるように、
神璽を日本国図であるとした上で、これを密教では独鈷の形をしていると捉えていた。
天台宗においても、比叡山の記家 (山門の記録を職掌とした学僧)であった光宗 (1276~1350)が後半生をかけ撰述した『渓嵐拾葉集』に、「問。我 が国を以て独古の形に習方如何。答。行基菩薩の記に云。日本は其れ独古
と云へり。」とあり、すでに行基の時代から日本を独古形と見る言説があつ たと伝えている。
(引用終わり)

ここから、黒田日出男著
「龍の棲む日本」より引用
「渓嵐拾葉集」には、独銛形をした日本図とその口伝が記されている。
口伝に云ふ、伊勢と湖海と北海と三所は、独古の鬼目なり。
伊勢は宝部の神明なるが故に、如意宝珠をもつて神体となす。
気比(けひ)は北方の事業の神明なるが故に、羯磨(こんま)をもつて神明体となすなり。
山王は不二の中道の神明なるが故に、円満月輪(がちりん)をもつて体となす。(519頁)

この二つの図と記述によると、日本図は独銛として表象されていたことがわかる。
中世人の意識のなかで、日本とは、日本図とは、まさしく独銛のかたちをしていたのである。
日本のかたちの「鬼目」に当たるところには、
伊勢海の神明(伊勢大神宮)、敦賀海の気比(気比大社)と、湖海つまり琵琶湖の山王(日吉(ひえ)山王社)が鎮座している、とされている。
「鬼目」が何かは、浅学の私には不明なのだが、敢えて推測するとすれば、「鬼目」とは三つ目のことであり、独銛形をした日本のくびれた要所ないし急所とでもいうべき場所であって、伊勢海と湖海と敦賀海の三つを指している。
そして、それぞれに鎮座しているのが伊勢大神宮、日吉山王社、気比社なのであった。

住吉は、西方神明主智門故、文殊化現の習ひなり。
太神宮は、宝部神明なり。
故に宝珠をもつて神体となすなり。
諏方(諏訪)明神は、勝伏勝化(こうふくしょうけ)神明なり。
故に金剛部をもつて体となすなり。黄石(こうせき)公の再来なりと云々。
厳島は、胎蔵界(たいぞうかい)の大日如来なり。
故に妻女をもつて眷族となすなりと云々。
気比は、金剛界の大日如来なり。故に男子をもつて社官となすなりと云々。
また、気比縁起のこと。
越州の幸林峰に最初の影向(ようごう)(一時姿を現すこと)の時、忽然として御前気に飯を入れて現前す。
よつて世を挙げて気飯大明神と号し奉る。
この幸林山に寺を建て幸林寺と号す。
その故に公家より下さる印鎰(いんやく)に気比と号すと云々。…本地のこと。
これは明らかに先とは異なる図と記述である。
誇張された独銛形に描かれた本州は、「伊勢海」「湖海」「ツルカ海」を界として、西が「蓮花部」、東が「金剛部」とされている。
この三海によって、西日本と東日本が同じく胎蔵界ないし金剛界の金剛部とされているのである。
そして、前者には神明・山王・気比と住吉が鎮座し、後者には「宝部」「仏部」「羯磨部」と諏訪(明神)が記されている。
この注記には、三社のうち大神宮・気比社があって、山王の記述がない。
そのことは、この記述が日吉山王社(山王神道)の立場からのものであることを示している。
かつ、住吉・諏訪・厳島社についての記述が加わっている。ここからは先の二つの独銛の図とは異なる物語の展開を推測できる。
結論だけをいえば、本来は武器であった密教法具の独銛の鋭い先端に位置づけられた住吉・諏訪の両者と厳島社は、そのまま日本を守護する軍神として位置づけられているのだといえるだろう。
独銛のシンボリズム②に続く