独銛のシンボリズム②中世では柱状ないし棒状のものは聖なる独銛

独銛のイメージの連鎖

独銛のかたちのシンボリックな意味や意義を、さらに踏み込んで考察してゆくと、

独銛はイメージの連鎖となって、聖なるモノやトコロを次々に独銛の変形した姿として表象していることがわかってくる。

次のように言い換えたほうがよいかもしれない。
中世の宗教思想の思考法では、柱状ないし棒状のかたちをした聖なるモノはすべて独銛と同体であり、そのようなモノが立っている地点もまた独銛なのである、と。

この宗教的思考は、柱状ないし棒状の聖なるモノをそのカタチの類似性によって同じものと見る。

それは比喩的な思考である。

より具体的に言えば直喩的ないし隠喩(メタファー)的な思考であろう。

柱状・棒状のあらゆる聖なるモノを、独銛のかたちをしていると見るのである。

しかも、そうした比喩的思考に基づいて、独銛は次々に別な聖なるモノと同体とされ、かつそれらは独銛の変形と意識されてゆくのであった。

すなわち、

①独銛は聖なるカタチであり、日本図も独鉾のかたちをしているがゆえに、聖なる国土なのであった。

それだけではない。

②神話のなかで伊弉諾伊弉冉両神が、海原を掻きまぜて国土を生み出したときに使われた聖なるモノである天瓊矛=天逆鉾も、そのかたちは独銛であって、同体であったのだ。

③そして、聖なるトコロつまり日本の海底にあるとされる大日如来の印文(バン)と呼ばれるしるしも、同じく独鉾なのであった。

このような直喩的ないし隠喩的な宗教思考がどのように働いたかを、国生みの聖なる道具的である天瓊鉾について考えてみたい。

例えば、「行基菩薩撰」と伝えられる「大和葛城宝山記」には、次のような記述がある。


それ天の瓊玉鉾は、または天の逆矛と名づく。
または魔返戈(まがえしのほこ)と名づけ、または金剛の宝剣と名づけ、または天の御量柱(みはかりのはしら)、国の御量柱と名づけ、または常住の心柱(しんのみはしら)と名づく。
または忌柱(いみばしら)と名づくる也。
惟うに、これ天地開闢の図形、天御中主の神宝、独銛の変ぜる形にして、諸仏の神通、群霊(ぐんりょう)の心識、正覚正智の金剛に坐(おは)しますなり。

これによれば、天の瓊玉戈のまたの名は天逆矛や
魔返戈であり、またの名は金剛の宝剣であり、またの名は天の御量柱・国の御量柱であり、またの名は心の御柱・忌柱であった。
それは天地開闢の図形であって、天御中主の神宝であり、独銛の変形なのである。

すなわち聖なるモノは、無数の名前を持っており、符号で結ばれるそれらの名前を通じて、聖なるモノは同体とされるのである。

つまり、どんな聖なる名前も等号で結ばれ、その等号関係を通して自由に他の聖なるモノとなることができるのだ。

 

すなわち、天の瓊玉戈(天逆矛・魔返戈)=金剛の宝剣=天の御量柱=国の御量柱=心の御柱(忌柱)=独銛ということになり、国土生成の聖なる道具と柱は皆、つまるところ独銛の変形なのであった。

さらに独銛のイメージ連鎖を例示して確認しておこう。例えば、先に挙げた「神代巻私見聞」には次のようにある。

一、 心の御柱は、遷宮の後、古き柱をばやがて捨てず納む。
先づ、かりや(仮屋)を作り置きて、後には、地獄谷と云ふ所に埋納するなり。

また、心柱は独古形なり。…心の柱は、色々荘(かざ)るなり。
則ち、密教の三戒・歯木(しもく)、これなり。
独古形は、即ち天逆鉾なり。

この記述によると、伊勢大神宮の正殿の床下に立てられ、最も神聖視された心の御柱は独銛の形をしており、それは、密教の三戒・歯木(楊子の一種)である。

そして、独銛のかたちは、天逆鉾であるとしている。
つまり、独銛は、大海原を掻きまわして国土を生み出した天逆鉾のかたちなのであり、それは伊勢大神宮の心の御柱のことだというのである。

こうしたシンボリズムは、心の御柱や金剛の宝剣などを等号で繋いでゆくだけではない。

国土の中心に想定される軸=国軸についても、壮大なダブルイメージを物語ってゆくことになる。

渓嵐拾葉集では、伊勢大神宮の神殿の心の御柱が、天竺の中央にある須弥山王(帝釈天)に習う(同一視される)モノとされており、そのように守護されるがゆえに、日本は異国の侵略に遭わないのだと主張されているのである。

また、先の「大和葛城宝山記」には、次のような記述もある。

天地開闢の昔に高天の原に生まれた霊物が、天帝の代に天の瓊玉戈と名づけられ、地神の代には天の御量柱、国の御量柱といわれた。
その柱が大日本国の中央である伊勢に立てられて、心柱とされた。
そのかたちは独古三昧耶形(さんまやぎょう)、金剛宝杵の形をしているというのである。

さらに、やはり十四世紀の神道書である「鼻帰書」の記述として、

わが朝を大日本国というのはどうしてかとの問いに対して、天照大神修験道の根本道場である大峰が一体であるからと答えているのである。

そのゆえは、天照大神は仏法の棟梁であり、この国に住んでいる。また、この国は独銛のかたちをしている。独銛は一切種智(仏の最高の知恵)の意味をもつ。

奈良県大峰山

 

それだからこの国の神も、衆生も、皆智恵をもって本としている。
それゆえ、大日本国というのであると答えており、また、大峰山は国の軸であるがゆえに、両界曼荼羅が山の石面に現れており、天然法爾(ほうに)の、つまり自然のままで仏法を体現している、真言の国なのだとされている。

さらに、「日本書紀巻一聞書」の記述もあげておこう。

国中柱つまり国軸については四つの説があって、鹿島の動石、伊勢大神宮、大和の金剛山、そして日向の狗留孫仏の四か所に存在しているとされている。

こうして、さまざまな聖地からの言説が、自らのトコロを大日本国の中央(国軸・中心軸)であるとして、国土を荘厳していっている様相がうかがえるだろう。

しかも、どの言説も他の言説を否定するわけではない。あくまで並列・併存しつつ、ゆるやかであったり、あるいは緊密であったりしながら、
多中心的・多元的なネットワークをつくりあげているのである。

 

黒田日出男「龍が棲む日本」より